朝4時の店から
まだ町が眠っている時間に、
麦と灯の窯には火が入ります。
店主は、ホテルのベーカリーで25年パンを焼いてきた職人です。
45歳で独立し、下町の古い町家を直してこの店を開きました。
今年で13年目になります。
「特別なことは、何もしていません」
店主
口数の少ない人です。こだわりを聞いても、返ってくるのは「特別なことは、何もしていません」のひと言だけ。その「特別じゃないこと」を毎日続けるのがどれほど大変か、仕込みの様子を見せてもらうとよく分かります。
前の日から、18時間
麦と灯のパンは、焼く前の日の朝10時に生地を仕込みます。
そこから、低い温度でひと晩。18時間かけて、ゆっくり寝かせます。
「急がせると、小麦の味が出ないんです」
時間をかけた生地は、噛むほどに小麦の甘みが広がります。ただ、そのぶん手間は相当なもの。生地の様子は、その日の気温や湿度で毎日変わるからです。店主は朝4時に店に入ると、まず生地に触って確かめる。機械任せにせず、自分の手で。13年間、毎朝のことです。
狭山茶を、パンに
店の看板は、狭山茶を練り込んだ食パンとあんパン。
使っているのは、関東で育った狭山茶です。焼き上がりの窯を開けると、ふわりとお茶の香りが立ちます。
「せっかく東京でパンを焼くんだから、近くで育ったお茶を使いたかったんです」
あんパンは、お茶の生地で甘さ控えめのこしあんを包んでいます。お茶のほろ苦さと、あんこのやさしい甘さ。店主のおすすめは、コーヒーよりも温かいお茶と一緒に食べることだそうです。

「いつもの」を、覚えています
平日の朝7時、開店と同時に来る常連さんがいます。何も言わなくても、トレーの上には食パン1斤とあんパンが2つ。
店主と、レジに立つ奥さんは、お客さんの好みをよく覚えています。売り切れたら閉める小さな店なので、電話での取り置きも受けてきました。「今日は焼き上がりが少し遅れますから、取っておきましょうか?」と、奥さんから声をかけることもあります。
「毎日来てくれる人がいるから、毎日同じように焼けるんです」
店主はそう言って、少しだけ笑いました。

